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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)1241号 判決

判   決

東京都江東区深川平野町一丁目一六番地

原告

山八木材商事株式会社

右代表者代表取締役

山崎八郎

右訴訟代理人弁護士

白上孝千代

(登記簿上の本店所在地)

同都中央区八重洲二丁目五番地

(送達場所)同都同区銀座東一丁目一一番地

被告

水郷佐原観光ホテル株式会社

右代表者代表取締役

宇井孝

右訴訟代理人弁護士

木戸実

右当事者間の、約束手形金請求事件について、当裁判所は、昭和三七年一月二四日に終結した口頭弁論に基いて、次のとおり判決する。

主文

被告会社は、原告会社に対し、八〇万円、及び内三〇万円に対する昭和三五年九月一四日から、内五〇万円に対する同年九月一七日から、支払ずみに至る迄年六分の割合による金銭の支払をせよ。

訴訟費用は、被告会社の負担とする。

この判決は、仮りに執行することができる。

事実

原告会社訴訟代理人は、第一次的に主文同旨の判決並びに仮執行宣言を求め、第二次的に、「被告会社は原告会社に対し八三三、一二二円、及びこれに対する、昭和三六年五月二五日から、支払ずみに至る迄、年五分の割合による金銭の支払をせよ。訴訟費用は、被告会社の負担とする」との判決並びに仮執行宣言を求めた。

(第一次的請求の原因)

一、被告会社は、昭和三五年六月一二日、関東木材産業有限有限会社(以下関東木材という。)に宛て、

(一)  金額を三〇万円、満期を昭和三五年九月一二日、支払地及び振出地を千葉県佐原市、支払場所を株式会社千葉相互銀行佐原支店とする約束手形一通(以下(一)の約束手形という)

(二)  金額を五〇万円満期を昭和三五年九月一七日、その他の要件を、(一)の約束手形のそれと同じくする約束手形一通(以下(二)の約束手形という)を振出した。

二、関東木材は、右(一)、(二)の約束手形二通を原告会社に裏書譲渡し(但し(二)の約束手形は白地裏書である。)。原告会社は、株式会社第一銀行に、(一)の約束手形を、裏書譲渡し、(二)の約束手形を、取立委任のため裏書譲渡し、同銀行は右(一)、(二)の約束手形を株式会社千葉銀行に取立委任のため裏書譲渡し、千葉銀行はこれを、各その満期に支払場所に於て、被告会社に支払のため呈示したところ、被告会社は、いずれもその支払を拒絶した。

三、そこで千葉銀行は、第一銀行に、第一銀行は原告会社に、(二)の約束手形を返還し、かつ原告会社は、昭和三五年九月一二日第一銀行に三〇万円を支払つて、(一)の約束手形を受戻し、同年同月一四日同銀行から、(一)の約束手形に、無担保文言を付記して、その裏書譲渡を受け、現に、(一)(二)の約束手形二通を所持するものである。

四、よつて原告会社は被告会社に対し、(一)の約束手形の受戻金三〇万円、(二)の約束手形金五〇万円合計八〇万円及び受戻金三〇万円に対する受戻の日である昭和三五年九月一四日から、内(二)の約束手形金五〇万円に対する、その満期の同年九月一七日から、支払ずみに至る迄手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

(被告会社の抗弁に対する主張)

一、被告会社の抗弁一、事実中、被告会社がその主張の場所で主張のような事業を営んでいること。被告会社の代表取締役が主張のような約束手形六通を作成し(但し受取人白地の主張を否認する。)、これを被告会社の東京営業所に持参したことを認める。その他の事実を否認する。

被告会社は、昭和三六年五月二五日、佐原簡易裁判所が言渡した除権判決により、本件約束手形が、いずれも無効になつたから、原告会社は被告会社に対し右約束手形上の権利を行使できないと主張するけれども、除権判決の効果は、これにより喪失手形を無効とするものではなく、民事訴訟法七八五条に規定するとおり、除権判決の申立人に対し、申立人が、喪失した手形を所持しているのと同じ地位を回復し、形式的に喪失手形上の権利を行使できる資格を付与するものである。これを本件の場合についてみると、被告会社は、右約束手形二通の振出人であり、手形上の絶対的義務者であつて本来手形上の権利を行使できる資格を有するものになることはできないのであるから、被告主張の除権判決は、無効というべきである。

二、抗弁二の事実中、篠原敬典こと篠原一が、福山安市に対し本件約束手形等を交付してその割引を依頼したことを認める。その他の事実を否認する。篠原一は、被告会社の代表取締役宇井孝の命を受けて、右のとおり福山安市に、割引を依頼したものである。

三、抗弁三、の事実中被告会社主張のとおり篠原一が、品川警察署に福山安市等を告訴したことを認める。その他の事実を否認する。

(第二次的請求の原因)

仮りに、佐原簡易裁判所が言渡した前記除権判決により、本件約束手形が無効になつたとするならば、原告会社は次のように主張する。

一、原告会社は、昭和三六年二月二二日本件訴を提起し、同年三月六日、その訴状副本が被告会社に送達されたのであるから、被告会社代表者である宇井孝は昭和三六年五月二五日の公示催告期日に、除権判決を申立てた当時、既に原告会社が、右申立の目的である本件約束手形を所持していることを熟知していた筈であり、手形の所在が不明ではなかつたのであるから、右公示催告期日に、除権判決の申立ができないのに拘らず、被告会社は敢えて右除権判決の申立をなし、或いは、真実本件約束手形を紛失したのではないのに、紛失したように装い、手形債務を免れる目的で、敢えて除権判決の申立をなし、前記裁判所の除権判決を得て、本件約束手形を無効とし、原告が、右約束手形上の権利を行使するのを不能ならしめ、よつて、右約束手形金合計八〇万円、及び内三〇万円に対する(一)の約束手形の受戻の日である昭和三五年九月一二日から、除権判決言渡の前日である昭和三六年五月二四日迄、手形法所定の年六分の割合による利息一二、五七五円、内五〇万円に対する(二)の約束手形の満期の昭和三五年九月一七日から、除権判決言渡の前日である昭和三六年五月二四日迄、手形法所定の年六分の割合による利息二〇、五四七円以上元利合計八三三、一二二円の損害を、原告に蒙らしめた。

二、よつて、被告は原告に対し、右損害金八三三、一二二円及びこれに対する昭和三六年五月二五日から、支払ずみに至る迄、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告会社訴訟代理人は、「原告会社の請求を棄却する。訴訟費用は原告会社の負担とする。」との判決を求めた。

(第一次的請求の原因に対する答弁)

一、第一項事実のうち、被告会社が、原告会社主張の(一)(二) 約束手形を振出したことを認める。尤も被告会社は、受取人及び振出日を、白地として振出した。

二、同第二項事実中株式会社千葉銀行が満期に、(一)(二)の約束手形を支払場所に支払のため呈示し、被告会社がその支払を拒絶したことを認める。その他の事実は知らない。

(抗弁)

一、被告会社は、千葉県佐原市水郷で、観光ホテルを経営するものであるが、昭和三五年五月頃請負人に対する増築工事代金の支払のため、前記宇井孝が、(一)(二)の約束手形外四通の約束手形金額合計二、三八五、〇〇〇円、振出日及び受取人を白地とする約束手形六通を作成し、被告会社の東京営業所である東京都品川区南品川一丁目二〇九番地大東食品株式会社に持参したところ、同所で紛失してしまつたので、同年一〇月三日、佐原簡易裁判所に右約束手形六通について、公示催告の申立をなし、同裁判所は同日これを受理し、公示催告期日を昭和三六年五月二五日と指定した。ところが、右期日迄に権利を届出るものがなかつたので、被告会社代表者は、同日除権判決の申立をなし、同裁判所は、即日、右約束手形六通を無効とする旨の除権判決をなした。そして、右判決は、不服申立がなく確定し、これにより原告会社が所持する本件約束手形は無効となり、右約束手形上の権利は消滅したから、本件約束手形を現に所持することを前提としてなした原告会社の第一次請求は理由がない。

二、又、被告会社は右一に記載したように、本件約束手形を、被告会社の東京営業所で紛失したものであるが、後に判明したところによれば、被告会社の社員であつて右営業所を担当している篠原敬典こと篠原一がこれを発見し、被告会社が増築工事の金策のため、その割引を必要とするものと即断し、被告会社代表者に無断で、これを福山安市に交付して、その割引を依頼したものである。けれども、篠原一には、割引依頼の権限はなく被告会社の意思に反して、本件約束手形を流通においたものであり、原告会社は、右事実を知りながら、本件約束手形を取得したから、被告会社は、原告会社に対し、その支払義務がない。

三、仮りにそうでないとしても、福山安市は、右のとおり本件約束手形の割引を依頼されながら、岡田道多、及び吉田重信等と共謀して、本件約束手形を詐取しようと企て篠原一に、その割引の対価を交付しなかつたので、同人は、品川警察署に、同人等を告訴し、同警察署で取調中であつたところ、原告会社は、これを知りながら、本件約束手形を取得したものであるから、被告会社は、本件約束手形の支払義務がない。

(第二次的請求の原因に対する答弁)

一、同請求原因第一、二項の各事実を否認する。

二、前記除権判決によつて、本件約束手形が無効になつたからといつて、これにより、原告会社は、何ら損害を蒙つていない。何故ならば、原告会社は、関東木材に対する木材代金債権の支払のために、関東木材から、本件約束手形の裏書譲渡を受けたものであり、本件約束手形が無効になつたとはいえ、原告会社の関東木材に対する代金債権は、依然残存し、かつ、関東木材が、右債務を履行しうべき資力を有する以上、原告会社は損害を蒙つていない。

三、仮りに、関東木材に、右木材代金債務を履行しうべき資力がないため、原告会社がその取立をすることができないとしても、これにより原告会社が蒙つた損害と、前記除権判決による、原告会社の本件約束手形の所持人としての資格喪失との間には、因果関係がないから、被告会社は、右損害を賠償すべき義務がない。

(証拠)<省略>

理由

一、被告会社が、原告会社主張の本件約束手形二通(但し、その受取人及び振出日の記載については、以下に認定するとおりである。)を振出したことは、被告会社の自白するところである。そして、<証拠―省略>を綜合すれば、被告会社は、昭和三五年三月頃、一、三〇〇万円の資金を投入して自己経営のホテルの増築工事に着手することになり、右資金の内一、〇〇〇万円を、同年六月上旬頃、商工組合中央金庫から融資を受ける手筈が整つたけれども、それ迄、右増築工事の継ぎ資金を入手する必要があつた。そこで、被告会社専務取締役兼東京営業所所長の篠原一が、同年五月六日頃、金融ブローカー植木善昌の紹介を受けて、福山峰康に、被告会社振出名義の約束手形七通、金額合計三、〇五七、〇〇〇円(手形番号B一〇七ないし一一三)の割引を依頼したが、容易に割引くことができず、同人から、内六通(手形番号B一〇七ないし一一一及び一一三)を返還して来た。その後、同人の申出により、返還を受けた右約束手形のうち金額四九五、〇〇〇円の約束手形(手形番号B一一一)を、再度割引のため、同人に交付したところ、同人は、先に交付しておいた金額三〇万円の約束手形(手形番号B一一二)とともに、一向にその割引の対価を、篠原一に持参せず、同年六月上旬に及んだ。

篠原一は、その頃福山峰康から、重ねて、手形割引に応じてもよいとの申出を受けたが、被告会社が、その頃前記金庫から既に融資金の一部を受領し、さして、増築資金の必要を感じていなかつたけれども、余分に資金を所持していても無意味ではないと考え、同人の右申出を信用して、同年六月一二日、前記東京営業所において、被告会社から与えられていた補充権に基き、被告会社が、指出日及び受取人欄を白地として作成し、右東京営業所の机の抽斗の中にあつた本件約束手形二通外一通の約束手形合計三通(証人篠原一の証言中には、本件約束手形が後記のように、盗難により紛失したという供述がなく、紛失とは、被告会社代表者の記憶違いという趣旨の供述がある)の各振出日欄に昭和三五年六月一二日と記入し、右三通の約束手形の受取人欄を白地のまま、翌一三日割引の対価を得るため、福山峰康に交付した。然るに、同人は、割引の対価を持参せず行方を暗ましてしまい、その所在を追及しているうち、同人に交付した前記約束手形合計五通のうち、金額三〇万円(手形番号B一一二)の約束手形を除く四通は、凡て支払銀行に支払のため呈示された。支払銀行である株式会社千葉相互銀行佐倉支店は、被告会社とは、昭和三四年一二月一七日から昭和三五年二月二五日迄、当座取引があり、本件約束手形の振出日である、昭和三五年六月一二日には、当座取引がなかつた。この間、本件約束手形二通は、福山峰康の手を雄れて、転々し、吉田重信なるものが、これを取得し、同人は、昭和三四年一一月頃関東木材代表取締役中川久吉から、約四八万円を借用していたので、右貸金債務の内三〇万円を弁済をするため、関東木材に対し、先ず(一)の約束手形を、受取人白地のまま引渡の方法により譲渡し、次いで、右貸金残金一八万円、及び前記貸金約四八万円に対する利息の支払のため、自己の勤務先であるフジ商工株式会社代表者井手三郎を通じて、金額五〇万円の(二)の約束手形を受取人白地のまま引渡の方法により譲渡し、関東木材は、(二)の約束手形金額五〇万円と、吉田重信に対する右貸金残金及び利息との差額を、現金で井手三郎に交付した。関束木材は被告会社から与えられた補充権に基き、手形上の権利者として、(一)、(二)の約束手形の受取人欄に「関東木材産業有限会社」と記載して白地を補充し、材木代金支払のため、(一)の約束手形を、東神木材有限会社(後に、その商号を朝日木材有限会社と変更した。)に、(二)の約束手形を原告会社に、いずれも白地裏書により譲渡した。そして、朝日木材は、昭和三五年七月一二日頃原告会社に対し、(一)の約束手形を引渡の方法により譲渡し、原告会社は被告会社から与えられた補充権に基き、右約束手形の第一裏書の被裏書人欄に山八木材商事株式会社(原告)と記載して、白地を補充し、同年同月同日株式会社第一銀行に裏書譲渡し、第一銀行は、株式会社千葉銀行に取立委任のため裏書譲渡し、(二)の約束手形については、原告会社が、第一銀行に、第一銀行が千葉銀行に順次、取立委任のため裏書譲渡したこと(千葉銀行において、右(一)、(二)の約束手形を、その満期に支払場所に支払のため呈示したところ、被告会社が、「当座取引」なしという理由でその支払を拒絶したことは、被告会社が自白するところである。)。そこで、原告会社は、同年九月一二日第一銀行に、(一)の約束手形金額三〇万円を支払い、同銀行は千葉銀行に対する前記取立委任裏書を抹消した上、同年九月一四日原告会社に対し、無担保文言を付記してこれを裏書譲渡し、更に、第一銀行は、(二)の約束手形を原告会社に対し、同銀行の千葉銀行に対する前記取立委任裏書を抹消して、返還し、現に原告会社が、本件約束手形二通を所持していること。原告会社訴訟代理人は、手形不渡後、右東京営業所長の篠原一に対し、手形不渡の責任を問うたところ、同人は、それは第三者に詐取せられたと答えたことを、それぞれ認めることができる。<中略>他に右認定を動かすに足りる証拠資料はない。

二、そこで、本件約束手形は、佐原簡易裁判所が、昭和三六年五月二五日に言渡した除権判決により、無効に帰し、手形上の権利は消滅したから、原告会社は、被告会社に、その支払を求めることができないという被告会社の抗弁について検討する。

<証拠―省略>によれば、被告会社は、昭和三五年九月二九日、(本件約束手形の満期の十数日後)、佐原警察署に、被告経営ホテルの新館増築工事代金の支払のため、請負人に交付すべく、同年五月上旬頃、被告会社振出名義の本件約束手形二通を含む約束手形七通を作成し、被告会社のホテル所在地である千葉県佐原市から、東京都品川区南品川一丁目二〇九番地所在大東食品株式会社(その代表者は、被告会社の代表者と同じ)内の、被告会社の東京営業所に持参しようとしたところ、その途中で紛失した旨を届け出で、同日同警察署から、その届け出でをしたことの証明書の交付を受けた上、同年一〇月三日佐原簡易裁判所に、右約束手形七通の公示催告を申立て、同裁判所は、同年一〇月一四日、右申立を容れ、公示催告期日を、昭和三六年五月二五日午前一〇時と指定した。被告会社は、右期日迄に、本件約束手形等の、催告手形を提出するものがなかつたとして、昭和三六年五月二五日午前一〇時、即ち、後記のように、本件訴状副本が被告会社に送達せられた後同裁判所に、除権判決の申立をなし、同裁判所は、同日、昭和三五年(ヘ)第一号を以て、本件約束手形等七通の無効を宣言したことが明らかである。又、本件記録によれば、原告会社は、右除権判決の申立前である昭和三六年二月二二日、当裁判所に、被告会社に対し、本件約束手形二通の所持人として、本件訴を提起し、右約束手形二通の写を添付した右訴状副本は、同年三月六日、被告会社の送達場所である東京都中央区新川一丁目五番地において、被告会社の事務員に送達されたこと。被告会社が同年同月一五日、弁護士木戸実に本件の応訴を委任していることが、明白である。

約束手形の絶対的義務者であつて、権利者ではない振出人が、喪失手形について公示催告及び除権判決の申立権を有するかどうかについて先ず、検討する。元来除権判決制度が、公示催告手続を先行手続として、判決により、喪失手形を無効とする反面、手形喪失者をして、これにより証券の所持に代え、喪失当時有していた権利を行使し得る形式的資格を付与するものであること、及び手形に関しては、民事訴訟法第七七八条第二項の規定により、公示催告申立権者を、手形の最終の所持人に、限定している点に照らし、約束手形の振出人に、右申立権があるとするとこについては疑なきを得ない。

シュタウブ・シュトランツは、旧独逸手形法第七三条に対する註解(手形法コンメンタール第七三条注2)に於て、手形債務を弁済した後に、手形の占有を失つた債務者、手形を交付する前に、その占有を失つた手形債務者は、公示催告を申立てる権限があるとし(新独逸手形法第九〇条に対する註解第一三版コンメンタール、第九〇条注4も、同じ見解)、竹田省博士(法学論叢第八巻一七七頁)及び大隅健一郎河本一郎博士(同博士共著)「手形法小切手法」手形法第九四条に対する註(三)公示催告申立権者)も、右の見解に賛成せられる。

しかしながら河本一郎教授は、神戸法学雑誌第五巻第四九頁以下に於て、「ドイソでは、公示催告を許す為の前提として、意思に基ずかない、又は意思に反せる占有の喪失及び滅失以外に、証券の所在不明をあげる。」(中略)「証券の所在不明を要件とすることの根拠は(中略)、法の特別の規定を要せず、除権判決制度の本質上、そうなのであるということができるであろう。したがつて、わが民事訴訟法の下でも、当然妥当する理論であると思う。つまり、一般に公示催告というものは、未知の不特定の相手方に対してなされるものである。証書の無効を宣言するためのそれについて言えば、喪失せる証書の現所持人が知れないから、一般に対し、所持している者は、証書を呈示して権利を届出るようにと、催告するのである。これに対して、現所持人の判明している者は、その者に対する返還請求権のみが許され、公示催告手続を利用することは許されない。」(中略)。「以上のように、公示催告、したがつて除権判決の前提要件として、証書の所在不明を要求しても、申立人が、証書の所在が判明しているにも拘らず、これを秘して申立ることは、先分考えられる。故に公示催告申立についての裁判、又は公示催告期日における裁判に当つて、裁判官が、全く申立人の提出せる資料のみによつて、要件の存否を判断すべきものであれば、いま迄述べてきた理論は、恐らく何等の実効をもたらさずして、終つてしまうであろう。これを、実効ある理論にする為には、公示催告手続における裁判に際しての裁判所の職権調査主義を強調する必要がある。」とされる。

シュタインヨーナスは、日本民事訴訟法第七四七条第二項(除権判決に対する不服の訴)に対応する独逸民事訴訟法第九五七条の註解に於て、不服申立の原因は、同条第二項(日民訴第七四七条第二項の規定に同じ)に限られ、判決裁判所が管轄権を有しないとき、或は、無効と宣言せられた文書が、公示催告申立人の手中にあつたときも、それに含まれないとする(第九五七条に対する註解Ⅱ参照)。

そして、独逸民事訴訟法第九七三条は、死亡宣言の為にする公示催告手続において、死亡宣言を言渡す判決に対する不服の訴について、その訴は、第九五七条第二項(日民訴第七七四条第二項)の場合)の外、死亡宣言が、不法に為されたとき、又は失踪者の死亡の日時が、不当に確定せられたとき、提起することができると規定し、第九七六条第一項前段及び中段は「不服の訴は、第九五七条第二項に掲げたる理由の一に基かないときに、一カ月の期間内に於てのみ、これを為すことを許す。この期間は、死亡宣言を宣告した判決の言渡を以て始まる。」第三項は、「不服の訴の結果、死亡宣言を取消し、又は他の死亡の日時を確定したときは、その判決は、総ての者の為に、又はこれに対して、その効力を有する。」と規定する。

しかしながら、右の場合、即ち死亡宣言が不法に為された場合、例えば死亡宣言の対象となつた失踪者が現に生存していることが判明したに拘らず、独逸民事訴訟法第九五七条第二項所定の不服の訴、第九七三条所定の不服の訴が、いずれも一カ月の提訴期間内に提起せられなかつた場合、生存者に対する右死亡宣言の判決は、不服の訴が、提起期間内に提起せられなかつたことを理由として、有効ということができるのであろうか。かような非常識な結果は、独逸民事訴訟法も、容認しない筈である。そうすると、生存者に対し、死亡宣言を宣告する判決が言渡され、しかも、これに対する不服申立期間が、徒過した場合には、死亡宣言を宣告した判決は、当然に無効であるという解釈も、成立しなければならないと考えられる。テルンブルヒは民法註釈書第一巻五三款死亡宣告の手続、効果Ⅵに於て、、「死亡宣告をうけた者が帰つてきたとき、死亡宣言の判決は、その効力を喪う。その場合、不服の訴、新判決を要しない」と解説する。

独逸大審院判例は、曾て、不法手段により、自己に有利な確定判決を誘致した場合、「犯罪方法により、判決を得た者が、その既判力により保護せられ、被害者に対し、何等の請求権を認めないのは、吾人の自然な法的感情に反するものとし、(独逸大審院判例集四七巻、第二二号、第二六号)故意に違法の目的を遂行する為に判決をうけたときは、既判力の効果は、破壊せられるべきもの(同判例集第六一巻第八九号)とした。

今本件に於て、これを見るに、被告会社の主張によれば、被告会社は、昭和三五年五月頃、大東食品株式会社に於て、本件約束手形を紛失したとしながら、前記認定の事実によれば、被告会社の専務取締役東京営業所長篠原一は、同年六月一二日頃、本件約束手形二通を、同営業所内の机の抽斗から取出し、割引の対価を得る目的を以て、福山峰康にこれを交付した(被告会社は、篠原一は、被告会社の意思に反して、右の交付をしたと主張するけれども、措信し難い被告会社代表者本人尋問の結果を除いては、その事実を認めるに足りる証拠資料はない)のであるから、被告会社は、約束手形の振出人に、公示催告の申立権を認める前記の学説に従うとしても、第三者に本件約束手形を交付する以前に、その占有を失つたということはできず、結局、被告会社には、佐原簡易裁判所に除権判決の申立を為す権限が無かつたと謂わなければならない。前掲証人篠原一の証言によれば、篠原一は、被告会社が、昭和三五年一〇月三日、公示催告の申立を為したとき、既に、本件約束手形二通が、原告会社により、その満期(同年九月一二日及び同年同月一七日)に呈示せられ、不渡となつたことを原告会社訴訟代理人により告知せられていたことが認められるから、被告会社は、篠原一を通じて、その頃本件約束手形が満期に、原告会社によつて、支払呈示せられたことを知つていたと推認することができる。そうすると、被告会社が、昭和三五年一〇月三日、佐原簡易裁判所になした前記公示催告申立は、約束手形の所在不明という要件を具備していなかつたということができる。

そればかりでなく、被告会社が、前記満期に、本件約束手形の支払呈示を受け、その支払を拒絶してから十数日を経た、昭和三五年九月二九日に佐原警察署に本件約束手形の紛失届を提出したことは、甚だ技巧的なものを看取せざるを得ない。

又、佐原簡易裁判所が、民事訴訟法第七六九条第二項に基き、除権判決前に、本件約束手形の支払銀行について、手形所持人からの支払呈示の有無及び若し呈示されたとすれば、何人が呈示したかを探知したならば、容易に、本件約束手形の所在を知り得た筈であつて、除権判決をなす迄もなく、公示催告の申立を却下すべきであつたのである。

更に、本件記録によれば、被告会社は、昭和三五年一〇月三日佐原簡易裁判所に、前記約束手形七通の公示催告を申立て、被告会社訴訟代理人は、当裁判所に於ける昭和三六年四月一三日の第一回口頭弁論期日から、(同年五月二五日佐原簡易裁判所に於て、前記除権判決が言渡された後)、当裁判所の同年九月一九日の第六回口頭弁論期日に至る迄、原告会社訴訟代理人に対し、被告会社が、前示公示催告の申立をなし、昭和三六年五月二五日前記録権判決が為されたことを告知しなかつたことが明らかである。被告会社代表者は、その本人尋問に於て、同人は、被告会社訴訟代理人に図ることなく、独自の見解のもとに、右公示催告の申立を為し、除権判決を得た旨を供述するけれども、かような供述は、同人の、自分は除権判決という制度を知らなかつたという供述及び一般経験則に照し措信するに値しないのみならず、弁論の全趣旨によれば、被告会社の除権判決の誘致は、被告会社訴訟代理人の指示に基くものとも解し得られないではない。果して、そうだとすると、被告会社代表者又は被告会社訴訟代理人が、前記公示催告の申立をなした事実を、右除権判決が言渡される迄の、当裁判所の口頭弁論期日に於て、原告会社訴訟代理人即ち、目前に表われた本件約束手形の所持人に告知しなかつたことは、訴訟法上の信義誠実の原則に反し、甚しく非難すべきことと謂わなければならない。

これを要するに、当裁判所は、以上説示の理由、換言すれば、被告会社の公示催告申立権の不存在、約束手形の所在不明という要件の欠缺、本件訴訟手続の前記各期日に於ける進行中、被告会社から、原告会社に対し、既に本件約束手形について、公示催告の申立がなされていることを信義誠実の原則に反して告知しなかつたことを理由として、前記除権判決は、民事訴訟法第七七四条第一項所定の不服の訴による取消をまつ迄もなく、当然無効と解せざるを得ない。本件除権判決が、本来一種の擬制を認めるものである限り、それが、申立権のない者によつて、違法な手段により誘致せられた以上、真実に反するときは、その効力を否定せざるを得ないのである。

そうすると、被告会社の前記抗弁は、失当として、排斥を免れない。

三、次に、被告会社は、後に判明した事実によれば、篠原一が本件約束手形を流通においたもので、被告会社の意思に基かずに流通におかれ、かつ原告会社は、この事実を知りながら本件約束手形を取得したから、被告会社は原告会社にその支払義務がないと抗弁するけれども、仮りに被告会社主張のように、被告会社の意思に基かず本件約束手形が流通におかれたとしても、原告会社が、本件約束手形取得当時、右事実を知つていたことを認めるべき証拠資料は何もない。従つて、右抗弁は、理由がない。

四、次に、被告会社は、仮定的に、本件約束手形は、いわゆる詐取手形であると、抗弁する。

前記一、に判示したとおり、被告会社専務取締役である篠原一が、福山峰康等から、割引を口実として、本件約束手形を詐取されたことを認めることができるが、被告会社が、これを理由として、本件約束手形の振出行為を取消す旨意思表示した事跡はなく、又原告会社が、その取得当時右事由を知つていたことを認めるに足りる証拠資料もないから、右抗弁も理由がない。

五、そうするに、第二次請求について判断する迄もなく、被告会社は、原告会社に対し、(一)の約束手形の受戻金三〇万円及び(二)の約束手形金五〇万円の合計八〇万円、及び(一)の約束手形の受戻金三〇万円に対する、受戻の日である昭和三五年九月一四日から、(二)の約束手形金五〇万円に対する満期の同年九月一七日から、それぞれ支払ずみに至る迄、手形法所定の年六分の割合による利息を支払うべき義務がある。

よつて、原告会社の本件第一次請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行宣言について、同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

昭和三七年九月一四日

東京地方裁判所民事第四部

裁判長裁判官 鉅 鹿 義 明

裁判官 三 枝 信 義

裁判官 鹿 山 春 男

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